Ocean Sailing Team エムプロジェクトシンシアのホームページへようこそ!!
エムプロジェクトのクルー達が、ヨットシンシアの共同オーナー。
表裏一体の二つの2つのセイリングチームをまとめて紹介するサイトです。

    

Mproject'97 in Fastnet Race
MPROJECTテストセイリング
Photo by Beken of Cowes
ヨット シンシア(星郷) Y23
Mprojectと造船所スタッフ
坊ちゃんカップヨットレースにて
Last UpDate 2012/05/17 本日 昨日
 Mproject Owner & Crew   Team Syncia Owners & Members
 Mproject Sailboat History  Syncia Sailboat History
 Mproject[建造:SPRINT51
 
フランスで建造開始〜'02年4月1日横浜着
 蒲谷敏彦のアジアレポート(目次) 
 
China Report敦煌旅行速報 ’10年3月 
 
’11年 釜山―博多アリランレース ’12年Sailing Report
 TOPICS  
 '07年8月5日 三津の花火from黒岩
 
 大江健三郎の後輩達 松山東校文芸部 雑誌文学界掲載記事
 ' X'mas Jazz Live from黒岩' 07年12月16日  
 RACE
 
Obelix Trophy in Benodet
 
Obelix Trophy '04写真館 ’04年5月9日
ワインとヨットMproject
  Mproオーナーのマスコミ時評 愛媛/毎日新聞掲載'07年11月13日
  南極クルーズツアー'09.12.29-10.01.16
クルージングetc. 
   120フイートメガヨット同乗記  
   Y30豊田さんの「四国一周時速5kt風太郎の旅」
SEAHORSE原さんのブログ  コーラルリーフ(IMX38)
 LINK  池川ヨット工房
 新日記バックナンバー  読書日記 2012年3月25日
 
気まぐれ更新日記
<5月17日 木曜日>

今月初め広島にサマンサで航ったのですが、
帰りに大きな木造帆船と遭遇しました。
外人が4人くらい乗って
いましたが、瀬戸内もグローバル化しましたね。
写真添付します。     サマンサ 蒲谷

 なんと美しい木造艇!僕も洋上で遭遇したかった・・。シンシア 渡部


<5月12日 土曜日>
 豊田さんの九州一周クルーズ報告A
今は熊本の天草から鹿児島串木野に向かっている途中です。
機帆走で6kt、今の内に状況報告を!

5月9日 快晴 無風
長崎平戸ー長崎ハウステンボス
出港は平戸瀬戸の転流時に合わせて06時
本日の楽しみは九十九島観光
少し回り道をして小島や入り江を彷徨う。
本当に綺麗な所、松島以上か?
ハウステンボスに入るには針尾の瀬戸を通るが、ここも急流で知られる所。追い潮8,8ktですり抜ける。
ハウステンボスは流石文句なし、入港時からワクワクさせてくれた。
フリーゾーンは立ち入りできるので観光。

5月10日 快晴 軽風
ハウステンボスー長崎出島ワーフ
帆走、機走を繰り返し出島にアプローチ
港の入り口には三菱の巨大造船所とタンカー
ハーバーは賑やかな一等地で親切に舫いを取ってくれる。
洗濯、風呂、買い物をしていたらすっかり暗くなり、観光は出来ず。
2泊の予定だったが今後雨も予想されているので一日前倒しする事に。

5月11日 快晴 北東の風4〜5m
長崎出島ー熊本天草大江
出港して暫くすると軍艦島(端島)が見えてくる。
ぐるっと一周して写真撮影。
野母岬を越えると急に10mを越える北東の風。
ジブだけで7ktで帆走、快感!
相棒に操船を任せて私しゃ楽しむ人。
天草大江港に入り桟橋に泊める。
漁協に挨拶していると、漁船がでっかいブリを水揚げをしていて、欲しそうに見ていたら鯵、鯖、イサギ、イカを沢山貰う。
お礼に日本酒を持って行ったら、またイカをくれた。
この港は風が入るので、隣の崎津漁港に入る。
オジサンが手招きしてくれ、槍付け。
そのオジサンの軽トラを借りて温泉に行く。
また日本酒のお礼。

5月12日 快晴 微風
熊本大江ー鹿児島串木野
一直線の単調な航海なのでオートヘルムに任せて、パソコンに向かっています。

最近オイルスキンとは縁が無く快適なクルージング。
何時まで続くことやら・・・

<5月7日 月曜日>

姫島の豊田さん
 5月1日から九州一周クルージング中の豊田さんより、航海途中のご報告メール届く。
 現在、平戸の港に停泊し、くたびれた体に鞭打って、ヨットの中でメールを書いているとのこと。

 この1週間でオイルスキンを着なかったのは2日間だけという生憎の天気で難儀しているようですが、こちらはもう仕事体制なので、同情する余裕もありません。
 でも安全な航海は祈念しています。もちろん。

 
<5月6日 日曜日>
 AOBAの事故に関し、”沖縄ー東海ヨットレースのHPに告知事項。
 「今回のレースにて発生した落水死亡事故において、ライフジャケットが膨張していなかったことがわかっています。JSAF外洋安全委員会よりライフジャケットの点検を強く勧奨する通知が出ました。今すぐ点検してください。」
通知→http://www.lmyc.jp/file/JOSC12_No_001.pdf
 

 参加各艇のFaceBookにそのドラマや写真、動画が掲載されていてとても参考になる。彼らの経験の一部を共有させて貰えるようで、ほんとに凄い。
 
マストが根元からひび割れしていたり、ケブラーのメインセイルがバリバリに破れていたり、ラダーのステアリングシステムが破損したりトラブルのオンパレード
 
トラブルを最小に、いかに対処するかも外洋レースに求められる能力となって来るんでしょうが、自然の威力の前では完璧なんてとても求められないし。
 
それにしてもフィニッシュした艇のクルーは、ほんと、みんな良い顔しているなア!

<5月5日 こどもの日>
 野忽那島辺りへセイリング好天でしかも風も結構あり、メインセイルだけで、爽快に引き波をたてながら走る。
 高校時代の同級生数人と久しぶり(1人は38年)に会ってセイリングだが、訪れた連休の野忽那島は閑散としている。ほとんど人が住んでるような気配がしない静けさ。港の前の小学校が廃校になって久しく、校庭が雑草で覆われ荒れているので、よけい寂しく感じる。
 爽やかな風と太陽の下で、弁当を食べながら懐かしいミニ同窓会を開け楽しかった。

<5月4日 みどりの日>
 睦月島のみかん山は、3年前に後継者無く廃園となている。僕が一応、後継者の期待をされた訳ですが、今更、みかん山の面倒を見るのは無理とお断りをしました。
妻の両親が大切に育ててきたみかん山を残したい気持ちはよく判りますが、いくら何でも僕では無理!
 そのみかん山の様子を見がてら、山に登ってみる。
 みかん山から見る睦月の湾と興居島がとても綺麗で来たかいがありました。
 しかし、山の上まで続く、みかんの段々畑は、見る影も無いジャングル状態で、みかんの木も腐ったり、ツルが巻いたりし、とても自然にみかんが自生出来るような状態ではありません。
 40年前にこの「みかん山」のお陰で、うちの奥さんは、睦月島から東京の大学に行かせてもらえた訳で、無事役目を果たし終えたと言ったところですか・・。
 海岸に干しているのは、ヒジキです。
 三津の魚市場に持ってゆけば、よい値で売れる・・と漁業のおばちゃんが言ってました。

<5月3日 憲法記念日>
 
4月8日に琵琶湖で開催された「ミニトン関西選手権」に出場していたサマンサの蒲谷氏より、

SAILING REPORT (2012年4月琵琶湖レース後編)―― レース当日 ――

 『あなた! そんな格好じゃ寒くない?セーターくらい着てらっしゃいよ』

 艇長会議前のクラブハウスでCREEKのオーナー夫人が75歳のオーナーに注意されています。今日もオーナー自ら乗り込まれるようです。高気圧が張り出してべたべたになる・・・ はずの琵琶湖は今日も冷たい南の強風が吹いています。
 9時スタートに向けてレース艇が次々と出艇してゆきます。水色の船が世界クラスのCREEK、もう一艇の水色が同じタカイ1/8型のHO!です。白いスピン(ニューセイル?)を揚げて練習しながら航って行くのが優勝候補のスプレイ(ヤマハ-23チャーター艇)。音丸は地元セイルメーカーが乗り込むヤマハ-23。そして、我が良き?ライバルのヤマハ-23のバンテン(万天)は出艇が遅れているようです。それでも第一レーススタート30分前には全艇が揃って吹き続く強風の中、緒戦の始まりを待っています。
 M
さんからお誘いを受けたときは10艇以上が出てくるようなお話でしたが、4月初旬のこの時期は渡部さんに限らず社会人にはいろいろ雑用があるものです。子供の入学式や会社の年度初めの仕事や季節はずれのインフルエンザに罹ったり・・・ ということで琵琶湖のレース海面に辿り着けたのは6艇になってしまいました。

『琵琶湖の風はシフティーですから、一方に突っ込まず真ん中をタックしながらゆきましょう』

CREEKの上り角度は異常ですから、スタート時には上側に付かないようにしてください』

『ヤマハ-23はあまりヒールさせない方が艇速がでますから、しっかり起こして走りましょう』

クルーたちに初歩的な打ち合わせをします。(私が教えてもらっているだけですけど)

『20秒前! 15秒! 10、9、8・・・』

『全速!』

 続きは、コチラ⇒”Sailing Report”(後編)

<4月29日 日曜日>
 
沖縄ー東海レーススタート
 ”本日(4月29日)正午、雨の中予定通り14艇スタートしました”
 
座礁した艇が出た模様
 ”16時32分 弥勒Vより連絡があり、伊江島の南海域にて座礁のためレースを棄権。
乗員に怪我は無く、現在救助に向かった船舶に乗り移ったとのこと。”


<4月29日 日曜日>

 4月8日に琵琶湖で開催された「ミニトン関西選手権」に出場していたサマンサの蒲谷氏より、選手権のレポートが届く。

 渡部さん

 ご無沙汰しています。お元気ですか?
先日琵琶湖のレークウェストヨットハーバーで開催された、ミニトン関西選手権に特別?参加してきました。
快晴の琵琶湖でしたがちょっともやもやした自分的には不甲斐ないレースでしたので、遅い筆がさらに遅くなって・・・ 文字通り旅の恥は書き捨ての気持ちでやっと書き上げました。


 『琵琶湖で開催された、1991年のミニトン全日本選手権琵琶湖大会は何回大会になりますかな?』
その当時ミニトンでイタリア世界選手権に出場されたという、I先生は御歳75歳になられます。先月高速道路で50kmオーバーで一発免停になったという、今でもヨットレースでもスキッパーをされるという現役バリバリのレーサーです。
 『その年は木村太郎さんのハヤマなんとかという船が優勝しました。CREEKさんは世界選手権に出場されていて、日本選手権は出られていなかったのではないでしょうか?』
『そうか。それでサマンサの婆さんは達者でおられますか?』
 続きは、コチラ⇒”Sailing Report”

<4月27日 金曜日>
 
Mproの5/20クルージングのお誘いメールをメンバーに送っていたところ、
唯一返信のあった豊田さんは、5月1日から九州一周クルージングに出かけるとのことで、計画表を送ってくれました。
さすが用意周到な豊田さん。
壱岐、屋久島、種子島もクルーズするようでいい計画ですね!

 早くリタイヤして一緒に遊びましょうよ!と嬉しいお誘いをいただきましたが、僕はもう少し先になります。
 ま、エイ、ヤアとリタイアすればできないことはないのでしょうが・・・。
まだ、そこまでの覚悟がございません。すいません。

 九州一周計画(Excel Date)


<3月17日 土曜日>
雲海から昇る御来光(朝日)を見に行く。
マウナ・ケアは、富士山より少し高い標高4205m、気温はマイナス三度。雪が残っている。
アラスカの空軍採用のジャンバーを着て完全防寒装備。空気も薄いので動き回ると気分悪くなる。
山頂付近には、日本の誇る天文台スバルがある。天体観測には理想的な場所だ。南十字星もきらめく。
朝日が昇る前の星空に見とれる・・寒くてたまらんけど。

<3月21日 水曜日>
 パールハーバーでUSS(United State Submarine)ボーフィン潜水艦・博物館見学
 ボーフィン(Bowfin)は、辞書を引くとMudfish(どじょう)とある。あいきょう?があるかも知れないが、日本海軍ではまず潜水艦につけそうにない名前ではある。お国柄ですかね。 日本はイ号潜水艦とか?
 このボーフィンは、戦時中に一番沢山の日本の艦船を沈めた潜水艦とかで、潜水艦の艦橋部分にびっしりと沢山のアメリカ国旗(たしか、日の丸ではなかったはず)が描かれてある。最後の方は、もう張るスペースが無くなって、国旗が小さく描かれている位だ。
 ヘッドセットの説明では、日本軍の機雷は、水深何メートル以上の深さでは機能(爆発)しないことが判っていたので、その深度より少し深く潜水して、機雷攻撃をかわして攻撃してたそうだ。
 潜水艦の中も見学できるが、船内に案内のおばちゃんが居て、このおばさんが、フィリピンから出稼ぎで来ている大変親切な人懐っこい人で、写真もここで撮れとか一杯写してくれた。けっこうピンボケだったのは残念だけど。
 子供さん5人は、みんな大学を卒業してITエンジニアとかになっているそうで自慢の子供さんでした。おばさんは出稼ぎで一緒に暮らせないそうで、気の毒でした。家族の話をするときの嬉しそうな顔がよかった。
 こんな会話を通して、日本は豊かな国だと実感する。でももう日本国内には、十分な仕事が無い時代になってしまったような、医療とか介護以外は?。
 でも、今みたいに世界中に仕事場があるのは、刺激的で素晴らしいことなので、日本の若い人は積極的に海外に出て活躍して欲しいものだ。住めば都ですよね。

人間魚雷回天

<4月1日 日曜日>
 アンカレッジマリーナにJ29シンシアの船外機(冷却水が排水されずマリーナに修理を依頼していた)とブラケットを取り付けに行く。
 池川ヨット工房さんが、マリーナ内の仮設工房で木造ヨットのレストア中なので拝見する。 S&S設計の大変美しいラインの艇ですが、津波で大きなダメージを受け修復に難儀している様子でした。
 レプトンターボのサマンサは、オーナー夫妻が船底塗装中。
 やっと暖かい週末になってマリーナでの作業も気持ちが良い。
 毎日来ていたいような・・。
 海とは全く関係ない話ですけど、書道家の武田双雲さんがラジオで話していたのが可笑しかった。
 「凄い」という漢字は、”冷たい”に使われているニスイに「妻」の字から出来ている。
 つまり、「凄い」とは、「冷たい妻」ということなのだ。
 男が仕事で外に出て、凄い男たちと対峙して、何とか一日をやり過ごしホットして家に帰れば、そこには、一番凄い人が待っていた。
「あなた遅いじゃない!こんな時間までいったい何してたのよ!」とか言われて・・。
 漢字もこんなふうに解釈しながら、見ると面白いですよね。

<3月20日 春分の日>
 ホノルルから路線バスでパールハーバーまで約1時間、2ドル50セントの旅。
 
パールハーバー湾のフォード島に錨を下ろし、人類の歴史を語る戦争記念館として係留保存されている「戦艦ミズーリ」を訪問する。往復2時間かけて、2日間連続で訪問するなんて、やっぱり船が好きなんかな。
 戦艦ミズーリー(全長270.4m)は、1944年進水し第二次世界大戦から、平成3年の湾岸戦争に出動、最初のトマホークを発射している。平成11年パールハーバーに到着し退役した。
 1945年9月2日東京湾に係留したこの戦艦の右舷デッキ上で、マッカーサー元帥を始めとする連合軍代表と日本からは、重光葵外務大臣、大本営参謀総長梅津美治朗参謀総長らが出席し、太平洋戦争の降伏文書が調印された。
 これにより第二次世界大戦が正式に終結した。
 戦艦のガイド用に無料で貸し出される"iphone"で、戦艦見学順路に沿った説明が日本語でも聞ける。
 降伏文書調印当時のビデオがiphoneに映し出されながら、現場で解説が聞ける のはよいアイデア。
日本史に特段の興味があった訳ではないけど、ちょっと感動しました。訪問してよかった。
 パールハーバーの戦争記念館すべてについてだけど、太平洋戦争の責任がどうこうと言ったことではなく、当時の両国のおかれた状況をはじめ生存者の肉声を含め事実が淡々と述べられ、訪れた人それぞれに人類史上最大の悲劇となったこの戦争について考えさせる展示となっている。

調印のデッキ

デッキ展示の降伏文書

<3月11日 日曜日>
船外機の修理にマリーナへ来る。
25日にアンカレッジレースで乗るので、年末に冷却水吸い上げの調子が悪かったヤマハの8馬力船外機を修理する。
まず、インペラ劣化を疑い、船外機をばらしてみるが、インペラは綺麗ですこぶる良好そう。
次にエンジン本体に付属のサーモスタットを見ると、これが溶けている!溶けたサーモが冷却水の通り道を塞いでいた様子。
しかし、サーモを取り外して、試運転するも水が上がらない?
原因不明で本日時間切れ終了となる。
後日、マリーナの日野君らが確認してくれたところ、海水の吸い込み口に通じる管が砂で塞がれていたそうだ。
思い込み禁物ですが、原因が判ってエンジンの買い替えなどせずにすみホットする。
この船外機は、1985年製とかなり年代ものだけど、修理しながらもこうして立派に動いてくれるのはたいしたもんだ。
ヤマハばんざい!メイドインジャパンバンザイ!

サーモ取付部

溶けたサーモ

<1月9日 成人の日>
 
新春セイリングは何処へ行こうか?「初詣がてら、大三島の大山祇神社にでも」と思っていたが、出発時刻頃からちょうど引き潮となり、逆潮で時間がかかりそうなので、安居島の沖と言うか呉の沖に位置する広島県、上蒲刈島の「県民の浜」へクルージングとなる。
往路は、向かい風だったが、8ノットの機走で2時間ほど走り到着。
 道の駅となっている浮桟橋にドンと係留する。ちょうど漁から帰ってきた漁師さんに無理を言って、タイと烏賊を1匹づつ、昼ごはん用に分けてもらう。朝、5時から漁をしてもこれだけしか釣れへんのよと悲しそうに釣果を見せてくれたが、来年釣ったらよかったサイズの鯛が5、6匹と立派なあこう2匹の他は、雑魚ばかりの様子。毎年、何処の港に入っても減るばかりという漁に漁師さんのボヤキを聞くばかり。

 ここは、展望浴場(天然ラドン温泉)もあり、さっそくみんなで直行。
 
サウナやアロエ温泉でしっかりと暖まり艇に帰り昼食の宴会をこの季節にしては暖かいコクピットのテーブルを囲んで行う。
 兵頭さんが、ナパのフランシス・フォード・コッポラが所有するワイナリーから送ってもらったワイン「ルビコン」を惜しげもなく持参してくれ皆で味わう。
 ちなみに「ルビコン」の名は、英語で「背水の陣」を表す「THE CROSSING OF THE RUBICON」(ルビコン川を渡る)」にちなんで名づけられたものだ。・・・ iphoneがあるので、ヨットの上でもすぐ薀蓄を語れるのだ。

 2,3時間島に滞在し午後6時前にホームポートに帰港、ハッピーな新春セイリングだった。

<1月1日 正月>
 新春恒例の初詣は、道後の伊佐爾波神社へ。

 実家の菊間から帰るのが遅くなり、日が落ちてからの初詣となったが、小高い山の上にある境内から見る街の夜景が綺麗だった。

 今年もいろいろあるんだろうけど、セイリングは一生懸命楽しもう!

<12月22日 木曜日>
 Mpro、シンシアの忘年会
 千舟町のイタリアンの店”イルベヴィトーレで開催
シンシアとサマンサの優勝、豊田さんの新しい艇ブルーと奥様に乾杯してスタート。
 ipadでヨットレースを見たり、初春セイリングの予定をしたり、
 6時30分スタートで、気がついたらオーダーストップの時間と言われている。
 ヨットマンの集まりだからヨットの話もあるけど、何かしらん大笑いしているうちに時間が過ぎている。
 2次会で、バー”平野”に場所を代え日が変わり本日閉店となる。

<12月4日 日曜日>
 アンカレッジマリーナの忘年会レース。
昨年12月の忘年会レースレポートでは、
気持ちのよい快晴!だが風がない。2、3日前に吹き荒れた強風が嘘のようだ。
8時30分艇長会議に集合、今日のコースの打ち合わせをする。
無風なので、島周りのレースを中止し、鹿島と堀江湾に打ったブイ廻りのソーセージコース2周に変更される。
今思えば、島周りを主張しておけば、タクティクスで勝機はあったかも(未練がましい)
メイントリマーの蒲谷は、右手骨折にギブスをはめて参加している。痛々しく片手でトリム・・・
・・・であったが、今年は、風はそこそこあったり、無風状態になったり、えらく風向が振れたりと風を読むのに終始忙しいレースで、10時のスタートから午後2時30分頃のフィニッシュまで、退屈している暇の無い久々に楽しいレースだった。

レースコースは、マリーナ沖ブイ⇒鹿島アンチクロック⇒野忽那⇒マリーナ沖ブイ、の島廻りコース
野忽那からフィニシュラインまでは、スピンランでかっ飛んで走り爽快なフィニッシュだった。
コーラルリーフ(IMX38)、スケアクロウ(Y31S)に次いで、着順3位でフィニッシュ。修正も3位だった。

このレース優勝は、昨年、右手骨折でシンシアに乗っていた蒲谷オーナーのサマンサ(レプトンターボ)。
久しぶりに中国勤務から日本に帰り、愛艇をレストアして、セールも新調したかいがあったでしょう。
いやー永いお勤め?ご苦労さんでした。そして、優勝おめでとうございました。

忘年会で、年間優勝の発表があり、シンシアが獲得!優勝賞金まで頂きました!
お陰でおいしい酒が飲めました。
今日も一緒に乗った豊田さん、年末には新しい艇が来るそうで、なんやかんやとおめでとうございます。

来年は年間優勝も

ご満悦のオーナー

3次会でも祝杯が続く



<11月6日 日曜日>
このところの雨で、ヨットシンシアに溜まった雨水が気になりマリーナへ。
シンシアに溜まった雨水は、キールの上のビルジ溜まりに半分位で、床板まではまだ余裕であった。
J29は、マストトップあたりのシートを引き込んでいる穴から結構、雨水が入るようで、ホッておくとすぐに床板が浸水し、腐ってしまう。

ところで、新艇が上架しているではないか。
ドイツ製のデヘラー32でハルにボリュームがあるせいか、かなり大きな船に見える。
ブームもスターンまで長く伸び、帆走性能もよさそうだ。
昨日、土曜日に関東から回航された新しい艇。
今年は、OKAZAKI32に続きアンカレッジマリーナに2艇目の新艇で、この時期2艇の新艇は全国でも珍しいかも。

<9月25日 日曜日>

アンカレッジマリーナクラブレースにシンシアで参加する。MPROはクルージングのついでにスタート見物に海面に現れる。
マリーナ沖のスタートラインを10時40分スタート。コースは、
マークブイスタート〜鹿島(時計廻り)〜マークブイ〜鹿島(反時計廻り)〜マークブイ廻り込みフィニッシュ。
運営予定だった富田さんと、大分から大阪までヨットの回航途中だった岸本さんがシンシアに乗ってくれ5名でレース。
いい風だったのでちょうどいい人数で、ヒールも起こせよく走った。
1艇だけスピンスタートを試してみるが、少し風が振れ、上りが厳しくなりすぐゼノアに変更する。この時2艇に先行される。何度かのタックで、トップ艇となりそのまま最初の鹿島回航をする。
選択したコースもよく、スピンジャイブなども初めてのメンバーではあったがほとんどノートラブルでスムーズにこなせた。
13時20分08秒にフィニッシュする。

<9月11日 日曜日>
今日は、MPROでセイリング。
18名(定員は20名なのでまだ大丈夫だけど)と大勢で出航する。風が弱いし、クルーも少数なのでファーリングゼノアだけで、帆走する。それでもアビームでは快走する。9月の海は、真夏とは違って空気に透明感もあって綺麗だ。
安居島の向こうの斎島まで見渡せる。
睦月に係留し、艇から飛び込み大会となる。サービス精神旺盛なスカートの女性も飛び込み、目のやり場に困るような?写真はとても公開できません。
参加したひとだけの秘密でしょう。
松山観光港辺りをクルーズし、サンセットクルーズの時間まで待つが、曇りで夕日が現れず帰港する。
ビール4ケース分の空き缶、ワインのボトル20本等々・。

空き瓶やつわものども夢の跡・・・

<9月10日 土曜日>
サマンサ(レプトンターボ21)でセイリング。
ゲストの僕のためにニューセイルを揚げてくれるが、軽いのでセイルをセットするのも楽だし、走りも軽快な感じでよく帆る。
蒲谷夫妻にご一緒させてもらって、ホームポートの柳原港から就航し、野忽那島までセイリングする。
暑さが残るけど秋晴れの気持ちの良いセイリングデイ。
柳原港を出るとき、防波堤で釣りをしていた小学生たちが、「行ってらっしゃい。」と手を振ってくれる!
MPROに乗っていると、デッキが海面に近く、海と一体感があるセイリングができて楽しい。デッキから足を下ろすと海面に足が浸かり、ひんやりと気持ちよい。
野忽那島の高速艇桟橋に停泊し、奥様手作りのお弁当を頂く。おにぎりが素朴で美味しく、5個のうち3個もいただきました。
島には、通りに誰もいなくて、とても静かでのどかだけど少し、寂しい。地方の未来を見るようでよそ事ではないけどね。

<8月28日 日曜日>
前日からMproに宿泊し、そのまま日曜日のセイリングに出航する。
夜のデッキは、暗闇の中に海岸線の灯りが点滅しリラックスする。洋上のMpro船内も、涼しく快適でエアコンも不要。
揺れもゆったりとして広々したバースで熟睡できる。
日曜日は、朝から大勢でクルージング。風がいいのでセイリングが楽しい。
終日洋上で楽しんで、夕方、帰航する。少し雨がパラッツとするけど気持ちの良い1日でした。

<8月14日 日曜日A>
蒲谷の"サマンサ(レプトンターボ)”のニューセイルが到着し、さっそく試乗(走)レポートがくる。

”艇速が0.5ノット位は上がった!”・・たぶん気がするの意味。
いずれにしろ、次回のレースが楽しみですね。

おまけで、7月に開催されたトランパックレースのウルマーセイルプロモーションビデオも添付。

http://youtu.be/rWUEudk2EdQ

<8月14日日曜日>
お盆で12日金曜日から睦月に里帰り。
朝夕と海で泳いで、暑い日中は昼寝。夜は皆でテレビ映画。昨日は「硫黄島からの手紙」

MPROが睦月にクルージングにやってくる。やっぱりoceanis54はデカイナ・・・。
朝井さんが釣った蛸の差し入れとともに合流して、ランチタイム。
何故か、お盆のこの季節にマッタケが山のようにあり、バター炒めで頂く。
お坊さんが、家々を廻って玄関先にしつらえたお供えにお経を唱えてくれる。

マッタケ


<8月6日 土曜日>

Before

After
真っ二つに割れた船外機のブラケットを新しいものと交換。
プラスチック製だったので、経年劣化だろう。

枕木に使われる木の丈夫なむくの一枚板で作ったのでもう大丈夫。

<7月30日 土曜日>
和気のマリーナで昼にMPROに軽油補給、440L。水もタップリ積み込む。
バウスラスター用のバッテリー4個を取り出す。充電しないため機能しなくなり交換?予定。
このバッテリーは、ディープサイクルバッテリーとなっている。
鉛バッテリーの種類
種類 スターターバッテリー
(エンジン始動用バッテリー)
EBバッテリー
(ディープサイクルバッテリー)
用途 ◆主にエンジン始動用 ◆電動車両(フォークリフト他)電源
◆バックアップ電源
特徴 ◆高い電圧を維持しながら短時間での高い
 電流放電(ハイパワー出力)
◆様々な温度環境での放電パワー維持
◆深放電の繰り返しには不適合
  ・電極板の枚数・・・多い
  ・電極板の厚さ・・・薄い
◆深放電、充電を繰り返し行うことが可能
◆比較的低い率での放電が行われることで、
  長時間の連続使用に耐える
  ・電極板の枚数・・・少ない
  ・電極板の厚さ・・・厚い
使用例 ◆乗用車
◆バイク
◆トラック・バス◆船舶
◆農機具◆建設重機 他
◆電動フォークリフト・ゴルフカート
◆電動車椅子・搬送車
◆キャンピングカー予備バッテリー
◆UPS(非常用バックアップ電源)

その後、アンカレッジマリーナでシンシアの整備。
船外機を取り付けているブラケットの板が割れたので採寸。代わりの部品を無垢の木で製作のため。

メインシートは、数年前にJ29を購入した時のままで相当ヘタっており、さらに短いすぎるので、ランニングの時は、シートを一杯出しても、ブームは十分に出ない。シートエンドをブロックからはずして、ブームを出すこともあった。
このメインシートとジブシートをついに買い換えることにした。
レース用にダイニーマシートに交換・・したいとこだが予算の都合で廉価版のシート。だが、ネットでなかなかいい品物が見つかった。岡山の「ゆうこうマリン」から送ってもらう。
シートエンドもタコ糸で止める。

<7月11日 月曜日>
昨年の中島カップレース時のシンシアのパネル写真を大会本部より頂く。
成績が良かったのかな?とか思ったら全艇に頂けました。
プロが撮った写真らしくいい写真。ですよね!

<7月3日 日曜日>
第7回中島ヨットレース
2日土曜日の午後4時にマリーナ出航する。昨年のような濃霧はなく、好天の堀江湾を缶ビール飲みながら中島へ向かう。中島の係留地につける時、前のボートに衝突しかけたので、スロットルを上げたまま、急いでバックにギアを入れたとき船外機のブラケットに急な負荷がかかり、ブラケットが水平に半分に割れ、船外機が海に落ち海中でグルグル回転している。
落下防止のロープで止めていたので無事回収できるが、海水を吸い込んで次に動くか不安。
5月のアリランレースでは、桟橋で2名落水し、今度は船外機も落水。実は、レース終了後にマリーナの桟橋で、レンチも落水さす。頭で危機がわかっても手足がついていかん?
2日に恒例の海鮮バーベキューパーティーがあり生ビールをタラフク頂く。部屋でウインブルドン女子決勝を見る。シャラポアの気合のこもった声がスゴイ。美人だし応援するが、負けてしまう・・。
3日のレースは、濃霧の8時45分スタート予告信号の予定であったが、濃霧で延期。そのまま12時前まで、延期されるが結局、霧が晴れる気配なく、本部艇にN旗が揚がる。
艇上で、まったり気持ちのよい昼寝ができました。
7月2日 土曜日 回航日

<6月19日 日曜日>
8時にアンカレッジに来るが、濃霧で何も見えない。
先週濃霧のため延期されていたアンカレッジマリーナレースだが、今日もスタートが危うい。
しばらく様子を見ているうちに霧が少し晴れてくる。
10時30分スタートが決定。
アンカレッジ沖に設定のスタートラインから、鹿島をアンチクロックで廻り、2週するコースとなった。
スタート時刻頃には、軽風も吹き出し、ヘルムの永井がいいタイミングでトップスタート。そのまま鹿島をトップ回航する。先日フォアステイを10mm伸ばしたチューニングがはまったか?!
1周目のスタートライン回航手前でコーラルリーフのスピンランにつかまる。
フィニッシュ手前で風がなくなり、スケアクロウに追いつかれそうになるが、風を拾いながら、トップ艇に数分遅れ、着順2位でフィニッシュ。楽しいレースでした。

<6月12日 日曜日>
アンカレッジマリーナのクラブレースは、濃霧で中止となり、来週19日の日曜日に延期となる。
終日雨で、のんびりした日曜日。

<6月7日 火曜日>
宮城県の石巻市に被災家屋の片付けのボランティアに行っていたはだの君から被災地のビデオが届く。
ちょうど、僕も5月27日に仙台近郊の塩釜に行って、海岸沿いの被災地を訪問してきた所だったので、現地の様子や感覚が映像からよく伝わってくる。
福島、宮城、岩手県と海岸沿いの街々が、延々と壊滅状態だとは何ともすさまじい。
はだの君じゃないけど、日本人みんな見て体感しておくとよいのでは。

<5月30日 月曜日>
新居浜市に仕事で出張。
お昼に新浜市民マリーナ(マリンパーク新居浜)を覗いてみる。
マリーナのポンツーンは、60%位は空きスペースでもったいない。陸置スペースにも余りパワーボートもいない。
松山にあったら・・・と思ってもしょうがないが。でもここは芝生の庭もあってイイトコロですね。
木造ケッチの”エリエール”が係留されているが、メンテナンスする人もいないようで、傷みが酷い。
クラブハウス2階のレストランでは、研修中の大勢の人たちがいるが、仕事モード。月曜日だから当然ですが。

<5月27日 土曜日>
週末に出張で東京へ行った帰り、羽田空港にいると、松山のいとこから携帯に電話。
そのいとこの知り合いが、東京からクルーザーでこちらに来ているが、松山はマリーナがないから、高松のマリーナに艇を泊めて、レンタカーを借りて松山に来ていると。松山に停泊地はないのかな?
松山のお粗末なマリーナ事情を説明し、週末に台風も来そうだし、高松のマリーナに泊めるほうが賢明と話す。

<5月22日 日曜日>

宮城県の石巻市に会社に8日間の休暇を申請して自費でボランティアに行っている”はだの君”から電話がる。
今日は、朝から雨で被災家屋からの泥のかきだしができないので、作業は休みとなり、レンタカーを借りて、知人に頼まれた場所に、線香を供えに行く道中。深いリアス式の入り江の奥の海に面した病院で津波に巻き込まれ亡くなったDr.の供養に。

作業は、津波で泥が流入した家屋の泥を掃きだすもので、終日、この作業を何日も続けてのは、肉体的に大変そうだが、あまりに悲惨な状況に精神のほうが参ってしまいそうだといってた。被災家屋の住人に感謝されるのが一番の励みとなってがんばっているようだが、無人家屋での作業はたまらんだろうね。

宿泊は、体育館の寝袋で、ご飯は、ほか弁屋さんの弁当でがんばっている。

至る所で、黙々と作業をしている自衛隊の人たちが見受けられるそうで頭が下がると。

<5月15日 日曜日>
マリーナのシンシアの隣に新艇ヨットが置かれている。
新艇の到着は久しぶりだ。
ヤマハ30だった、OFFが新艇に。岡崎造船所のOKAZAKI32のロゴ。
黒いハルに金色のライン。

<5月13日 金曜日>
神ちゃんと久しぶりに街へ飲みに。アリランレース中の話を聞く。
7、8人の大人が、54フィートとはいえ、限られた空間で1週間以上過ごし、まして、時化た海を航海するのは、皆、大変だった様子。艇も大きいので、強風での入港時にも毎回、苦労した模様。
対馬の事故で、神ちゃんの肩甲骨は、バラバラに骨折していて、相当酷いようだ。手術して金具で固定する必要があるとか。ゴルフができなくなると一番残念?だろうし。
対馬の救急病院で、レントゲンをとってもらえず、たいしたことはないだとうとの診断だったので、レースにも参加したが、クルーワークも強いられ、よくなかったようだ。

蒲谷の奥様のネイティブな韓国語には、皆、感動したそうだ。旦那さんが韓国駐在だったとき、本気で勉強したのだ。
釜山のマリーナ入国手続きで、対応した、韓国のスタッフ(立命館大学に留学していた)が、後でこそっと、彼女は在日の方ですかと聞いてきたぐらい流暢な韓国語を操る。タクシーの運転手にも、道がおかしいとガンガン(と聞こえる迫力)韓国語で注意している。
奥さんは、男達が時化の海の回航でぐったりし、船内に入れないときも、船内で、一人、黙々と食事をつくり続けていたし。

後で、バー「ディンギー」に行き、コーラルリーフでレースにでていたマスターと話す。
コーラルは、釜山市長杯レースで2位と活躍した。オーナーは回航も好きで、松山への帰りもずっと回航に参加していた。
帰りは、向かい風で、かなり波にたたかれ、進まず、博多からでて、玄海灘の「大島」に1泊したが、この大島が大変良かったようだ。HPの観光情報も充実し、魚も旨そうだ。レースは、回航時の酒と肴も当然、楽しい。

あるクルーの一言に頷く。”僕ら位の歳(55歳)になるとみんなそれぞれの人生を背負って船に乗っているわけだから、当然、みんないろいろあるよ” (僕が、突然の勤務先の事情で参加できなかったのもそうなんだろうし、他にもいろいろあった)

<5月8日 日曜日>
MPROアリランレース、スタート前の写真を頂く。
釜山沖のスタート地点あたり。

<5月5日 こどもの日>
 Mprojectクルーの”蒲谷”氏より、早速、アリランレース(回航)レポートが届く。
 第20回日韓親善アリランレース レポート

回航中の笑顔、レース時の緊張した表情の違いはあるけど、みんな良い顔してるな!
 やっぱり、好きなことしてる時って、人は輝いているのかな。
 こんな表情でいられる時をできるだけ多くしていたいもんだ。

<5月4日 水曜日>
 午前6時53分

 Mprojectフィニッシュ
 
早いレース展開でフィニッシュした。
 
トップ艇は午前5時台でのフィニシュのようだ。オーバーナイトレースで他艇が見えず、いつ先行されたのかも判らない。
 レスは、ほとんどフリーの風で途中、クローズホールドの風も。
 
不眠不休のワッチとフィニシュ間際の狭い海峡を抜けるためタックを繰り返し、皆疲れている。
 
神ちゃんは、肩を打撲し傷みで腕があがらない。打撲の原因は公開しづらい事情。
 お疲れ様でした。
 
<5月3日 火曜日>
 午前12時 
 アリランレーススタート!、オールフェア
 釜山沖、波も無く快晴 絶好のレース日和
  
 
ウエザーマークまで重い船体でタックを繰り返し、タックの度に順位を下げ、マーク回航時には、後ろから4、5番手となる。
 順風のクローズリーチ片上りで、グングンスピードを上げ、20分後には、前から5,6番手に順位を上げる。
 艇速 8.4ノット
 
巨大なジェネカーを上げれる風になればどんなスピードが出ることやら。

 午後6時
 
対馬北端の沖を福岡沖のゴール目指して南下中。
 
相変わらずクローズリーチの走り。
 
途中、風が落ち、艇速5ノットまで下がったが、(この巨大なクルージング艇の最大の敵は、弱い風)
 今は、また風がでて、8ノットで航行中。いいスピードをキープ。
 このままの風が続けば、明日の朝にはフィニッシュできるが風が続くかどうか。

<5月2日 月曜日>
 釜山のヨットハーバー近くのこじゃれたカフェを見つけてホット一息。
 昨日、昼前に釜山のヨットハーバーに到着し入国審査を受け、やっと落ち着く。
 二十年前に第6回アリランレースに出場してからとんと釜山にご無沙汰だったが釜山や海雲台の発展OR開発され具合にぶっ飛ぶ。一本どころか100本取られた感じでした。日本やばい!(原さんの感想です。)
 明日3日にアリランレースはスタートですが、天候が良くなってだんだん風が穏やかに、ナクナッテクルナクナッテクル・・・。
 まずいよこのよすぎる天気は。

<5月1日 日曜日>
 対馬 早朝5時出航
 最初、小雨交じりであったが次第に天候は回復し、青空も見え出す。
 リーチングからアビームのフルゼノアで10〜11ノットと快適に機帆走し、午前11時過ぎに釜山オリンピックヨットハーバーに入港。
 入国のための税関待ち。
 釜山沖で、アリランレースの前夜祭として開催中の釜山市長杯ヨットレースに出会う。(優勝賞金は600万ウォン、円高の今でも50万円弱!韓国馬力あるね。) Mproは観覧艇で上マーク回航する
 
さあ、これから韓国駐在経験のある蒲谷の案内で旨い焼肉を食べに行こう!
 
アリランレースは、3日スタートだから時間は充分或る。存分に旨いもの食べられるかな?

<4月30日 土曜日>
 強風波浪、濃霧で対馬出発を中止する。
 臨時係留している桟橋に強風で艇が押し付けられ、フェンダーが破裂しそう。ライジャケもフェンダーがわりに吊るす。
 桜マークのライジャケも使い道はあるもんだ。日中は4,50ノット吹いていたようだ。
 午前中に天候回復し出発できなければ、韓国での入国手続きができないので、出発は5月1日とする。
 また、レトルトやラーメンをたべてウエイティング。ギャレーはりっぱなんだけど、食料事情が・・。
 

 
海上保安庁に明日の天候を聞いたらの巡視艇が来て、ずっと対岸に待機している。ご迷惑をおかけします・・。
 レース要綱にも出国手続き後は、直ちに出国しなければならないと注意されているが、安全第一なので。
 出国手続きが終了している状況で、上陸して、ご飯など食べに出ると出入国法違反で逮捕みたいなことになるのでしょう?

<4月29日 金曜日>
 
対馬の厳原で出国手続き完了する。
 夕方対馬の北島と南島の間の美しい水道を抜けて対馬の南側に出て、夜中に対馬出発し朝、釜山到着のための準備をする。
 
 
松山から新門司マリーナまで回航した木多君が、松山に帰り腹痛を訴え、悪いものでも食べたかと病院で検査したところ、盲腸。5/2月曜日から入院となる。仕事の都合で新門司で下船したのが不幸中の幸い?

<4月28日 木曜日>
 Mproject、
早朝に新門司マリーナ出航し、対馬に向かう。
 強風、向かい風で艇の揺れが酷い。
 食事をしては吐く、の繰り返しで体力消耗する。
 昔の日本海軍では、新兵でどんな荒天でも一切船酔いしない者は、どこかに欠陥があるとのことで、船酔いしっ放しの者と同様に船上任務から降ろしていた、と阿川弘之さんの本で読んだ記憶があるが。
 明るいうちに対馬に入港予定が、荒天のため午後10時30分に厳原港に入港と遅れる。
 揺れる艇を港に舫う作業中、落水者あり。港とはいえ、夜間の落水は危険疲労で注意力散漫となっているのか。
 

 港近くの居酒屋で、鮑やイカの刺身を食す。ほっと、一息。これがなくちゃ、クルーザーヨットの楽しみがなくなるよ。
 対馬の「せんだんご」なるさつまいも原料の郷土料理も頂く。
 「対馬では、昔からサツマイモの事を「孝行いも」と呼び、主食となる作物として大切に栽培されてきました。そのサツマイモから、発酵、浸積、乾燥をと繰り返して作りあげられる「せんだんご」・・・その技法を姑から嫁へ、母から子へと伝承し「せんだんご」を利用した郷土料理は、いまも農村部を中心に受け継がれています

<4月27日 水曜日>

 Mproject、アランレース回航のため松山出航。
 夕刻、新門司マリーナに入港する。マリーナには、週末に入港したコーラルリーフもいる。
 強風で波もあり、艇のゆれが酷い航海だった。
 
蒲谷夫妻は、27日仕事終了後、JRなどで新門司マリーナのMPROに合流する。

27日出航後の朝日

濃霧の本船航路

大雨もドジャーで大助り

28日マリーナで朝食

28日マリーナ出発

<4月24日 日曜日@>
Mproアリランレース参加の最終ミーティングで昼から集合する。
特段の用事もなさそうで解散となる。
田内さんら4名は回航のため27日の朝4時集合し5時出航予定。まず、新門司マリーナまで約100マイル約10時間。
僕らサラリーマン組は、27日仕事終了後に(何とか28日休みをもらい)高速艇で広島に渡り、新幹線で門司まで行き、MPROに合流。28日早朝対馬へ向かう。
<4月24日 日曜日A>
サマンサ、レストア完了し、進水(喜びの蒲谷オーナーからメッセージ)

ヨットを愛する皆様へ
 
 みなさまのおかげさまで、本日新生なったサマンサは進水し、無事柳原港に帰港しました。
 
マストも立って、コンパスの取り付けも終わり、クレーンで海に着水。さあエンジンスタートと思ったら、お約束のエンジントラブル発生がありました。しかし、アンカレッジマリーナのスタッフの皆さんの最後のお仕事で修理が完成し、シャンペンシャワー、記念写真を済ませ、兎(白波)が飛ぶ堀江湾を北へ針路をとり、50日ぶりの柳原港泊地に無事もやうことができました。
 
いろいろご支援を頂いた皆様に感謝するとともに改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
往年の若さと美しさを取り戻した、サマンサの今後の活躍にご期待ください。
 
 柳原港へ帰ったサマンサからでした。

<4月17日 日曜日>

昨日に続きマリーナで、サマンサのレストア
年季の入った床板をサンディングしたり新しく作った床板に塗装をする。
シンシアのレストアで活躍したサンディング機が復活。

アフター

ビフォー

コーラルリーフは、アリランレース参加のため来週末の23、24日に福岡の小戸ヨットハーバーに回航、池川オーナー以下全員で最終確認中。

28日に仕事終了後、全員で福岡に渡り、夜間航海で対馬に向かい29日早朝に厳原入港予定との事でした。
29日対馬でお会いしましょう。


<4月16日 土曜日>
アンカレッジマリーナ
艇名"Samantha"が入る。緑のハルに白い艇名が映える。
←中島のワカメが釣り船のお土産にマリーナに届く。
ワカメしゃぶしゃぶでポン酢で美味しく頂く。旬の味覚で最高

サマンサのブームを塗装するのは、蒲谷の奥様ご担当

<4月10日 日曜日>
Mprojectに昼からアリランレースの準備に艇に全員集合する。
デッキの掃除、備品のチェックなど行う。不足備品の確認ができた程度で終了。
再度、24日日曜日に集合することとなる。

(レース回航予定)
27日水曜日に出航し、夕方新門司マリーナ到着、船内泊
        僕と蒲谷夫妻は、仕事終了後に松山から19時30分の高速艇で広島へ。
        広島からJRで新門司マリーナのMPROに合流
28日木曜日早朝、対馬に向け出航し夕方、厳原に到着、船内泊。(対馬訪問が楽しみ)
29日昭和の日 厳原で出国手続きし、夜、他の参加艇と船団を組んで韓国、釜山へ。
30日土曜日 朝、釜山オリンピックハーバー入港、韓国入国手続きを行う。

5月3日レーススタートまで、船に滞在予定。

<4月9日 土曜日>

サマンサは、マストを倒し、再塗装の準備。
このアルミマストの塗料(アルミには、本来塗料が付き難いので注意が必要)
について、メーカー(関西ペイント)に最適な塗料の情報をいただく。
塗料も業務用になるとかなり、専門的で奥が深い。

(以下、メーカーからの回答抜粋)

弊社の場合業務用塗料の取扱いになりますので、4Kg(一部は一斗缶)が一番少ない
容量設定となります。その上で下記塗装仕様をご提案させて頂きます。

@塗りやすさで選ぶ場合
下塗:アルテクトNB(アルテクトシンナー:16L入りとなります)
上塗:1液Mレタン(塗料用シンナーA)
A性能で選ぶ場合
下塗:エポマリンGX(テクトEPシンナー)
上塗:レタン6000(レタンシンナー)
Bその他
下塗:エスコNBセーフティー(塗料用シンナーA)
上塗:アレスセラMレタン(塗料用シンナーA)

ともに、素材がアルミとのことですので、下塗りにエポキシ系のプライマーを塗装し、
上塗りを掛けるという2回塗りの仕様となります。
@の仕様は下塗、上塗共に1液型なのでそれぞれシンナーで希釈して御使用頂けますが、
Aの場合は2液型(ベースと硬化剤に分かれています。)ですので、ベースに硬化剤とシンナーを混合
して御使用して頂くタイプとなっております。
Bの場合は、シンナーが下塗、上塗共通で、臭気が少ないタイプとなっております。
ただし2液型ですので、ベースと硬化剤を混合しなければなりません。
取り急ぎこの3種類の仕様をご提案させて頂きますが、どれも一長一短があります。

・・・・これら推薦の塗料は、なかなかのプロ仕様のもので、プロの塗装屋さんに下塗りと
上塗りをしてもらうと、完璧と思っていましたら・・・

紹介されたプロ仕様の塗料は、この度の東日本大震災の影響で
統制物品?になったそうで、私のような個人客には出荷できないそうです・・・ とほほ。

ということで、コーナンにあるような家庭用塗料でアルミ塗装に適している
アクリルシリコン樹脂塗料の油性TOPという製品を紹介してもらいました。

http://www.kanpe.co.jp/products/162/index.html

池川ヨット工房さんにもお邪魔し、レストアも完成間近?の艇を見せてもらう。
チークデッキが綺麗に張り揃えられている。一枚一枚天井からの当て木で押さえながら丁重に張られていたのを思い出す。
完成品の作成過程も見ていると、見え方がずいぶん違ってくる。厚みや背景が見えるというか。

<3月27日 日曜日>
快晴でいいコンディションではあるが、諸般の事情によりアンカレッジマリーナのレースは中止となる。

サマンサのレストアは早いピッチで進んでいる。
ハルの塗装は、すでに仕上がり、往年の輝きを取り戻している。グリーンのストライプが入ったハルに陽が当たるとハルの構造材として張られたガラス繊維クロスのメッシュが幾何学模様に浮き出てキラキラ光りとても綺麗だ。
水面下となるラインはいかにも往年のIORレーサー艇といったライン。
↑IGMエンジンは修理完了し船内に戻された。

←エンジンの冷却水逆流防止のタンクだが鉄板から外れている。修理よりプラスチック製の新品が安く交換予定。
堀江海岸では、OP級の子供たちが、シーホッパーがブローチングを繰り返す風の中、タック、ジャイブと元気に練習している。

僕らは、5月のアリランレースの日程表を囲んで打ち合わせ。やっとだいぶ様子が判ってくる。レースが中止となったお陰で、ミーティングの機会をもててよかった。

カイトセイリングも2艇(艇と呼ぶものか?)海面を滑空している。観ていると強風の中でも簡単そうに方向転換している。腕がいいのか?操作が簡単なのか?

<3月19日 日曜日>
全日本ミニトン協会の3/13紹介のロゴは、アパレルメーカー”キャプテンサンタ”のオーナーに頼んでデザインしてもらったそうだ。
当時、大会の世話をした郷田さんに会った時伺いました。

今日は、3連休の初日でさっそくアンカレッジマリーナに行く。東京で働いてる子供も勤務先が自宅待機となり、3連休前に帰省、一緒にマリーナへ出かける。
サマンサのレストアは早いペースで進んでいる。ハルは、白色のウレタン塗装の吹付が終わり、あと緑の塗装が済めば新艇の輝きを取り戻すはず!?
30年使用の1GMエンジンもリペアーされ綺麗に塗装されている。
←いつもお世話になってるハーバーマスター日野君達がレストアをしている。
先週に続いてコーラルリーフは整備に余念がありません。
船底、マスト廻りなどなど・・・

ご苦労様です。
エムプロジェクトを係留しているハーバーの海面を30羽位のオシドリ?の群れが泳いでいる。マリーナに人は誰もいない。ここはのどか・・。
セコム警備のMPRO

←ジャンサンクの看板犬”はるちゃん”(オールド・イングリッシュ・シープドッグマリーナには関係ないけど、・・登場。
<3月13日 日曜日>
全日本ミニトン協会のロゴ
協会HPで今も使用しているこのロゴは、1983年松山で開催の第5回ミニトン全日本大会で、主催地の松山フリートのどなたかが作成したロゴだそうです。
そう聞くと親しみがわきます。
赤丸はミカンじゃないですよね。
アンカレッジマリーナでは、ミニトン”サマンサ”のレストアがさっそく始まっている。
ハルデッキラインの欠けたり擦れていたところにすべてFRPパテが盛られその上からポリパテで整形されている。
デッキのノンスリップの塗装もついさっき塗り直されたばかりだった。
インボードエンジン(ヤンマー1GMエンジン)は、船内では整備が不可能なため艇から降ろされ(何人かで担いで出したそう)作業場に運び込まれていた。すでにエンジンの錆はワイヤーブラシなどで綺麗に落とされている。
インペラが入っている部分はさびて部品交換が必要となっていた。発電機も交換が必要で取り外し済み。
その他は、大丈夫そうなどと、ハバーマスターの日野君が色々レクチャーしてくれました。
 コーラルリーフは、オーナー以下クルー全員集合でインターナショナルの船底塗料を塗り終え顔の塗料はシンナーで拭きとっているところでした。
アリランレースの準備はすでに万端のようです。
 
<3月11日 金曜日>
第5回ミニトン全日本大会(1983年10月7日〜10日松山で開催)のレース結果がやっと僕のPCで表示されるようになった。
28年位前の懐かしい艇が並んでいる。
成績表の艇名を眺めていると同窓会に出席しタイムスリップしたように一挙に当時の記憶が蘇ってくる。
  (レースサイトからの成績表)
Sail No Baot Type Owner Rank
3280 LEPTON TURBO Kn 23 菅原 留意 1
2598 FREET GATE DUB23 田内 敬三 2
2532 SAMANTHA N-OCN23 中平 達子 3
3283 GREEN YAMATO YA21S 有野 豊彦 4
2552 BACK MIRROR LEP21 菅原 留意 5
2733 KASENKO DUB23 加藤 裕 6
3257 EVER MOUNT TAK23 久山 英一 7
3195 KAERU YA21S 池田 仁 8
3270 MIS POTATO N-OCN23 神田 裕司 9
3278 3 POINT YA21S 重山 静男 10
2497 WATHER COCK LEP21 板坂 乾雄 11
2531 I AM V YA21S 松葉 宜洋 12
3265 SUPER MINI DUB23 金井 準一 13
3266 PLASTICS N-OCN23 倉田 勝行 14
3196 SABURINA N-OCN23 佐藤 克則 15

 1位のレプトンターボは、関東自動車工業製造のワンオフ艇(Kn23)でこのレースに勝つために製造され、オーナーも関東自工(あるいは幹部の方)と聞いている。この艇は、後に3位の松山のサマンサ(ニューオセアン23でエントリー)の女性オーナー中平さんが購入し、現在は、サマンサのヘルムスだった僕たちの仲間の蒲谷氏が所有し今、アンカレッジでレストア中。
 関東自工は、トヨタ系列の東証1部上場の車体製造会社ですが、30年前はヨットも製造していたようです。現在はヨットの製造はしていないのですが、関東自工のヨット部は有名でオリンピック選手も多数輩出している。アテネオリンピック男子470級銅メダリスト 関 一人さんはじめそうそうたる選手がいる。
レプトンターボは、このレースに優勝するために最高の艇と乗り手をそろえたいわばプロチームだったのでしょう。

 2位のフリゲートは、現在松山フリートキャプテンの田内さん(現、SAKURAエリオット11m)がオーナースキッパーで出場した艇でデュボア23。開催地松山のセイリングレベルの高さを全日本の大会で知らしめた成績だった。フリゲートは、当時のシンシア(YAMAHA25MT)と同じマリーナの島マリンに係留していた艇で戦闘的なデッキ艤装が印象的だった。コントロールラインを引きやすくするためにマジックボックスとか取り付けられレース用の艤装に改造され、フラットなデッキがカッコよくかった。
フリゲートを辞書で引いてみると、@フリゲート艦(小型の高速軍艦)A18-19世紀の快速帆走軍艦とあった。そう言えば軍艦のようなグレーのハルカラーでした。(昔のことなので間違ってるかも)

 3位のサマンサは、松山の中平オーナー所有艇で学生時代470乗りだった蒲谷氏がヘルムで日産マリーナ東海で開催の第1回ミニトン全日本大会から参加している。第1回のミニトン全日本から一番長く熱心に全日本の大会に出場している艇かもしれない。23フィートのクルーザーを個人で関東や関西の海域に運び何年もレースに参加するなんてたいしたもんだ。松山のヨット界はこの頃相当熱かったのだ。

9位のミスポテトは、神田君がオーナーのニューオセアン23で彼も現在は、シンシアのセイリング仲間。スポテトはレース艇らしくない名前だけど、最初のヨット、オセアン21が、お椀ような真ん丸い船型でミスポテトと命名されたのが始まりかな。今日もさっきまで晩御飯を一緒に食べてたけど、もう全日本の時のように熱くなって突っ走るのは無理といってたけど、ほかの事では今でも突っ走っていて周りで見ていてハラハラすることもあるけど。

SUPER MINI(MIMI?)の金井さんは瀬戸内のヨット界では有名な広島のオーナーで、ハワイで開催されたパンナムクリッパーカップに愛艇美美(ミミ)で何度も参加している豪快な人でした。バイク事故で亡くなってしまわれました。

<3月6日 日曜日>
アンカレッジマリーナに21フィートのヨット”サマンサ”が整備のため上架されている。
サマンサは、Mproやシンシアにも時々乗っている蒲谷氏がオーナーの元IORレーサーで、関東自工製造のレプトンターボって名前の艇。(インボードのエンジンやセイルにターボが付いているわけではありません)
1980年前半に盛んに行われていた全日本ミニトン選手権で、蒲谷はこの艇のヘルムスマンで活躍していた。
検索したら、全日本ミニトン協会のHPに1983年10月7日から10日に松山の島マリンをベースに行われた第5回ミニトン全日本大会も掲載されていた。この大会にもサマンサは参加しよい成績を残していたと思うが、残念ながら大会の結果などの様子は記録が無く、情報提供を求めていた。今度、蒲谷にあったら資料が残っているようなら提供を勧めよう。
この頃は、瀬戸内海では(たぶん日本中)ミニトンが主流で30フィートクラスはもう大型艇で珍しく、羨望の目?で見られていた。僕もその頃は、ニューオセアン23に乗っていた。やはりシンシアのメンバーの神田君がオーナーでこの松山のミニトンカップに参加した艇だ。21フィート位の艇が10艇、20艇と集まり堀江湾や瀬戸内海でレースをするのは楽しかった。艇と海とに一体感があったし、海面が近くて、少し吹いたらすぐスプレーをかぶったりブローチングしたり。ほんと楽しかったなあ。
当時サマンサのオーナーだった人は、女性だったけどこのサマンサをトラックに乗せ琵琶湖まで遠征に行ってたな。素晴らしい情熱と行動力の人だった。
サマンサのレストアが完了したら、久しぶりに乗せてもらおう。楽しみだ。
この頃のレース艇には、最近のシンプルな艤装のボートと違ってタッキングの度に面倒なランナーがあったり複雑なコントロールライン類やたくさんのブロックがありカッコよかったな(と思ってた)。これらがどれほどスピードのコントロールに貢献していたのか僕にはよくわからないけど、レース中にラインを1cm刻みで出したり引いたりで、とにかく忙しいし、面白かった。
雨が降り出した昼前まで、シンシアのレストアを行う。
スターンの仕切り板の上部桟木がなくなっていたので、ノギスで計測し溝を彫って仕切り板に合うように作成。
今日、着色ニスでチーク板風に色を塗り色を合わせ完成する。
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